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物理世界とAIの融合:フィジカルAIが切り拓く自律システムとソリューションの最前線

2025.12.10

GPUエンジニア

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物理世界とAIの融合:フィジカルAIが切り拓く自律システムとソリューションの最前線

製造業や物流業界で深刻化する労働力不足を背景に、AIとロボティクスを融合した「フィジカルAI」が注目を集めています。すでに普及しつつある「生成AI」や「エージェントAI」技術を発展させ、物理世界で自律的に判断・行動する次世代技術として期待されています。

 

NVIDIAは2025年のCESにおいて、このフィジカルAI開発を加速させる世界基盤モデルプラットフォーム「NVIDIA Cosmos™」を発表しました。物理世界の法則を正確にシミュレーションするこの技術により、自動運転車やロボット開発に新たな可能性が生まれています。

 

本記事では、フィジカルAIの本質から主要技術、国内企業の導入事例、そして社会実装に向けた課題まで、この革新的技術の全貌を詳しく解説します。特に、労働人口の構造的な減少に直面する日本において、フィジカルAIがもたらす具体的な価値と実装のヒントを、実務的な目線でお届けします。

1. フィジカルAIとは?──物理世界を理解し行動するAIの次なる進化

フィジカルAIとは、現実世界における物理法則や環境との相互作用を理解し、自律的に行動するAIモデルのことを指します。主に、ロボットや自動運転車などの実世界で動く機械に搭載され、物理空間における意思決定・運動制御を担います。


世界基盤モデルによるマルチモーダル入力から物理的行動への変換プロセス
(参考:「NVIDIA CEO Jensen Huang Keynote at CES 2025 」[52分22秒]より)

現実世界の機器の状況(例:トースターの状態を表す写真)と自然言語による指示が同時に基盤モデルに入力されると、それらが統合され、「次にどう動くか」という具体的な行動指示(Action Tokens)へと変換されます。従来のAIが画像認識や自然言語処理など、デジタル情報の理解・出力に特化しているのに対し、フィジカルAIは、取得した情報をもとに現実世界でどのように動くかを判断し、実際の行動へとつなげることを学習の中心に据えています。

このようにして、フィジカルAIは、“見る・聞く・理解し、動く”という一連のプロセスを統合的に実行することができます。実世界対応型の次世代AIとして、人間の知能を超える汎用知能(AGI、Artificial General Intelligence)への進化の一端を担う存在としても期待が高まっています。

2. なぜ今フィジカルAIなのか?注目を集める3つの構造的変化

フィジカルAIがいま、世界的に注目を集めている背景には、社会や産業の構造を根本から揺るがす、3つの大きな変化があります。
すなわち、デジタル変革の物理領域への拡張、AI技術の飛躍的進化、そして各国で加速する労働力不足──これらの要因が重なり、従来の自動化技術では解決できなかった課題に対して、フィジカルAIという新たなアプローチが求められています。

2-1. 【産業的転換】デジタル変革の次のフロンティア:“物理世界の生成AI”

近年、テキストや画像、プログラミングコード、音声といったデジタル領域での生成AIが急速に普及し、業務の効率化や創造性の支援が進んできました。そしていま、次なるフロンティアとして注目を集めているのが、リアルな環境やモノに直接作用する「フィジカル領域への拡張」です。

NVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏は、CES 2025の基調講演において、物理AIが50兆ドル規模の製造業・物流業界に革命をもたらすと語り、自動車やトラックから工場、倉庫に至るまで、「動くものはすべてロボットになり、AIによって具現化されていく」と明言しました。デジタル空間における生成AIの進化を経て、物理世界そのものが新たな創造の対象として立ち上がろうとしています。

2-2. 【技術的進化】AIは物理世界を“予測”できる段階へ:世界基盤モデルの登場

LLMをはじめとする生成AIの進化により、AIは単なる認識や分類にとどまらず、複雑なパターンや因果関係を理解・予測できる段階に進化しました。
このような能力を物理世界の理解と予測に応用する形で登場したのが「世界基盤モデル(World Foundation Models)」です。代表的なプラットフォームに、NVIDIA Cosmos™などがあります。

NVIDIA Cosmos™の世界基盤モデルとは

NVIDIA Cosmos™は、自動運転・ロボティクス・仮想環境から収集された2,000万時間分のデータと9,000兆個のトークンで学習された、世界基盤モデルを中核とするプラットフォームです。現実世界の物理法則や因果関係を学習・予測することを目的としており、フィジカルAIの“理解力”を支える根幹技術といえます。

表に示すように、NVIDIA Cosmos™は4つの主要技術によって構成されています。

主要技術 役割
自己回帰モデル テキスト・画像・動画を文脈に、次の映像フレームを高精度に予測
拡散モデル 物理法則に忠実な動画をノイズ除去ステップで生成
動画トークナイザー 映像を高圧縮・高保真なトークン配列へ変換
キュレーションパイプライン 膨大な動画を分析・品質評価・処理する自動化基盤

これらの技術が連携することで、“次に何が起こるか”を高い精度で予測できる物理モデルを実現しています。
NVIDIA Cosmos™の詳細は以下の記事もご覧ください。
関連記事:
▶︎ NVIDIA Cosmos™とは?:フィジカルAIで変わる自動運転とロボット

2-3. 【社会的要請】深刻化する労働力不足と自動化ニーズの高まり

多くの国が人口減少や高齢化に伴う構造的な労働力不足に直面しており、生産現場の維持・強化に向けた自動化の推進は喫緊の社会課題となっています。
たとえば、リクルートワークス研究所の『未来予測2040』では、2040年までに日本の労働力が約1,100万人不足すると試算されており、その影響は多くの産業に及ぶと見られています。

とりわけ、以下のような人が作業することに向かない領域の担い手が大きく減っているため、フィジカルAIの導入が急務とされています。

  • 高温・高所など、危険性の高い作業現場
  • 熟練を要する精密作業や反復作業
  • 夜間や長時間にわたる監視・警備業務

これまで人手に依存してきた現場作業において、安全性・生産性・持続可能性を同時に満たす新たな選択肢として、フィジカルAIの必要性が高まっているといえるでしょう。

3. フィジカルAIをつなぐ中核技術:「学習」・「検証」・「実行」

フィジカルAIを実現するには、従来の情報処理AIでは対処しきれなかった物理世界特有の複雑性に対応するための、新しいテクノロジー体系が必要です。フィジカルAIの実現において、NVIDIAのCEOジェンスン・フアン氏は、CES 2025の基調講演で以下のように語りました。

「すべてのロボティクス企業は、最終的に3つのコンピュータシステムを構築する必要があります。<中略>それは、AIモデルを訓練するNVIDIA DGX™ Systems 、テストドライブと合成データ生成し検証するためのNVIDIA Omniverse™とNVIDIA Cosmos™、そして車内のスーパーコンピュータであるNVIDIA DRIVE™ AGXです」と述べています。


CES 2025の基調講演の一部:フィジカルAI実現のための3つのコンピュータソリューション
(参考:「NVIDIA CEO Jensen Huang Keynote at CES 2025」[01時間02分08秒]より)

それぞれのシステムが果たす役割を以下の表に整理しました。

3つのシステム 役割
NVIDIA DGX Systems™ AIモデルの訓練・学習
NVIDIA Omniverse™ とNVIDIA Cosmos™ 仮想環境でのテスト・検証・合成データ生成
NVIDIA AGXプラットフォーム 実機での推論・実行

これらはそれぞれ独立したシステムですが、学習(NVIDIA DGX™ Systems)→ 検証(NVIDIA Omniverse™とNVIDIA Cosmos™)→ 推論・実行(AGX)という一連の開発サイクルを支える、フィジカルAIに欠かせない中核的な構成要素として位置づけられています。以下に、これら3つのシステムの役割と、それらをひとつの開発フローとして結びつける「Sim2Realワークフロー」について、解説します。

3-1. AIファクトリー:NVIDIA DGX™ SystemsによるAIモデルの訓練基盤

昨今、AIファクトリーという用語をよく耳にするようになりました。AIのスケーリング法則により、コンピューティングの需要は増加の一途をたどっています。数兆を超えるパラメータを持つ大規模LLMの登場、入力トークンの増大に加え、さらに、長い思考を行うことが特長の「リーズニングモデル」の登場により、推論フェーズで使用されるトークン数は100倍になったとも言われています。このように急激な発展を遂げるAIを大規模ビジネスに展開していくためには、その生産工場となる「AIファクトリー」への投資が欠かせません。

NVIDIAは、GPUなどの ①コンピューティング、②ネットワーク、③ストレージ、④インフラストラクチャ管理ソフトウェア(NVIDIA AI Enterprise など) を、AIファクトリーを構成する主要コンポーネントと定義しています。そのうち ①コンピューティング分野の中核を担うのが「NVIDIA DGX™ Systems」 です。NVIDIA DGX™ Systemsは大規模AIモデルの訓練・学習に特化した高性能プラットフォームであり、ラインナップの一つ「NVIDIA DGX™ Systems B200」は8基のNVIDIA Blackwell GPUを搭載し、前世代比でトレーニング性能3倍、推論性能15倍の性能向上を実現しています。

このNVIDIA DGX™ Systemsを中核に据えたAIファクトリーは、言語モデルや画像認識モデルだけでなく、フィジカルAIに不可欠な動画データやセンサーデータを用いた物理法則の学習を支える基盤として活用されます。
関連記事:
▶︎ 生成AIのパフォーマンスが大幅アップ!?NVIDIA BlackwellアーキテクチャGPUの性能

3-2. シミュレーションコンピュータ:NVIDIA Omniverse™とNVIDIA Cosmos™による仮想検証とデジタルツイン

フィジカルAIの実現時に大きな課題となるのが、実世界での学習データ収集です。ロボットに同じ動きをさせる場合でも、周囲の機器の位置や天候、風の状況、温度などによって動き方は細かく変化します。現実世界では全く同じシチュエーションが再現されることはありえないので、想定が必要な状況は無限に存在するといえます。

無限回のシミュレーションは不可能で、多くの場合はパターン別の学習データをすべてそろえることに苦労するでしょう。この課題を解決するのが、NVIDIA Cosmos™ のような「世界基盤モデル」を活用した合成データ生成です。NVIDIA Cosmos™ は、シミュレーションで得たベースデータから 「雨天」や「夜間」など条件を変えた、物理に基づく高忠実度の動画を自動生成でき、実環境では収集が難しい危険・稀少シナリオのデータを補完して、長尾ケースへの一般化やモデルの堅牢性向上に寄与します。

NVIDIA Omniverse™は、物理法則に忠実なフォトリアルな3D仮想空間を構築するためのプラットフォームです。単なるCGではなく、光の反射やマテリアルの質感、剛体・軟体の物理挙動までを正確に再現する「デジタルツイン」を作成できます。このNVIDIA Omniverse™とNVIDIA Cosmos™は相性抜群で2つのプラットフォームを組み合わせることで仮想空間の構築とその動作検証を統合的に実現しています。

こうした技術の進化により、ロボットの動作確認や性能評価を低コスト・短時間で行い、現実空間での安全な運用へと円滑に移行できるようになっています。

3-3. エッジAIシステム:NVIDIA AGX™プラットフォームによる実機での推論・実行

NVIDIA AGX™プラットフォームは、自動運転車やロボット、産業機器などの実機に搭載される高性能エッジAIコンピューティングプラットフォームです。NVIDIA DGX™ Systemsで学習されたAIモデルを、リアルタイムで推論・実行する役割を担います。代表的な製品として、自動運転車向けの「NVIDIA DRIVE™ AGX」や産業用ロボット向けの「NVIDIA Jetson AGX Orin™」があり、これらは限られた電力・サイズの制約下でも、複雑なAI処理を高速実行できるよう最適化されています。

フィジカルAIにおいては、センサーからの大量データをリアルタイムで処理し、エンドツーエンドで瞬時に適切な行動判断を下すことが求められます。クラウドと通信する一瞬のタイムラグでロボットの手元が狂い、従業員の命にかかわる可能性もあるため、遅延値を低くするためにエッジ側での推論処理が欠かせません。AGXはこうした要求に応える「現場の頭脳」として、安全性と応答性を両立した自律システムの実現を可能にしています。

3-4. Sim2Realワークフロー:仮想から実世界へつなぐ統合開発プロセス

ここまで紹介してきた3つのシステム(NVIDIA DGX™ Systems・NVIDIA Omniverse™・NVIDIA AGX™)と世界基盤モデルであるNVIDIA Cosmos™の技術群が連携することで、フィジカルAIを効率的かつ安全に実装する「Sim2Real(Simulation to Reality)」ワークフローが実現します。

このプロセスでは、現実に近い仮想環境の中でAIを学習・検証し、その結果をリアルな現場へ展開します。さらに、現場から得られたデータを再び学習に活用することで、高速な改良ループ=自律的な知能進化を可能にします。


NVIDIA Omniverse + NVIDIA Cosmos™ によるフィジカルAI開発パイプライン
- 3Dシミュレーションから実世界ロボットへの学習プロセス
(参考:「GTC March 2025 Keynote with NVIDIA CEO Jensen Huang 」[01時間57分00秒]より)

想定される具体的なワークフローは以下の通りです。

  1. デジタルツイン環境の構築: NVIDIA Omniverse™でリアルな3D仮想環境を構築
  2. データ生成と学習:NVIDIA Cosmos™によりNVIDIA Omniverse™のシミュレーションデータから合成データを生成し、AIファクトリーでAIモデルを学習
  3. デジタルツイン空間でのPoC: 学習したAIモデルを仮想環境上でテスト・検証
  4. 現実世界への展開: 十分な性能を確認したAIモデルを実世界のNVIDIA AGX™に展開
  5. フィードバック: 実機から得られたセンサーデータを再度NVIDA Cosmos™/NVIDIA DGX ™ Systemsの学習ループに投入し、継続的にモデルを改善

このようにSim2Realは、物理的な試作・検証に依存しない、データドリブンな開発プロセスを実現します。
試行錯誤のコストやリスクを最小限に抑えながら、現場導入に耐えうるAIモデルの迅速な構築を可能にする点で、フィジカルAI時代の標準ワークフローとなりつつあります。

4. 【国内事例】日本企業のフィジカルAI導入事例のご紹介

ここまで見てきたように、フィジカルAIは技術・産業・社会の構造的変化を背景に急速な進化を遂げています。では、その進化が実際の現場でどのような価値を生み出すのか、日本企業におけるフィジカルAI実現に向けた動きをご紹介します。
※NTTPCコミュニケーションズの事例だけでなく、業界全体の事例を含みます。

4-1. トヨタ自動車:高温鍛造ラインの自動化

トヨタは、NVIDIA PhysX と Omniverse の精度を活用して、ロボットの作業とロボットの動作の再現を検証しています。Omniverse は、現実世界の物体やシステムの物理的特性を正確に複製する、工場やその他の環境のデジタル ツインのモデリングを可能にします。これは、次世代の自律システムを駆動するための、フィジカル AI を構築するための基礎となります。
Omniverse により、トヨタは質量特性、重力、摩擦などをモデリングして、結果をテストの物理的表現と比較できます。これは、溶接、操作、そしてロボットの動作の処理に役立ちます。
また、高度なスキルを必要とする問題や、スループットを向上しつつ、鍛造ラインでの高温で厳しい作業環境を回避するための、ロボティクスの熟練従業員のノウハウを再現します。


NVIDIA Omniverse™による工場デジタルツイン
- 物理法則を正確に再現したシミュレーション環境
(参考:「日本のロボットや自動車のメーカーが NVIDIA AI と
Omniverse により産業にフィジカルAI を導入
」記事内の画像より)

4-2. 安川電機:多業種対応の適応型ロボット

日本のロボティクス リーダーである安川電機は、タスクへの適応性、汎用性、柔軟性に着目した自律ロボット MOTOMAN NEXT で新しい市場に進出しています。NVIDIA Isaac および Omniverse プラットフォームによって実現される高度なロボティクスを駆使して、安川電機の自律ロボットは、工場以外にも、食品、物流、医療、農業など幅広い業界に自動化をもたらすことに重点を置いています。
安川電機は、NVIDIA アクセラレーション ライブラリと AI モデルのリファレンス ワークフローである NVIDIA Isaac Manipulator を使用して、産業用アーム ロボットに AI を統合し、幅広い産業自動化タスクを実行できるようにしています。
具体的には、安川電機は FoundationPose を使用して正確な 6D 姿勢推定と追跡を行っています。これらの AI モデルは、安川電機のロボット アームの適応性と効率性を高め、モーションコントロールが正確な Sim2Real を実現することで、さまざまな業界で複雑なタスクを多用途かつ効果的に実行可能にします。
さらに、安川電機は、Omniverse 上に構築された NVIDIA Isaac Sim によるデジタル ツインおよびロボット シミュレーションを採用し、自社のロボット ソリューションの開発と展開を加速して、時間とリソースを節約しています。


NVIDIA Isaac Manipulatorによる適応型ロボット制御
- 6D姿勢推定を活用した精密ピッキング
(参考: 日本のロボットや自動車のメーカーが NVIDIA AI と
Omniverse により産業にフィジカルAI を導入
記事内の画像より)

4-3. セブン&アイ・ホールディングス:店舗行動分析システム

セブン&アイ・ホールディングスは、日本最大級の総合流通持株会社の 1 つです。この革新的な企業は、トレーニングや概念実証プロジェクトを実行するために、本社に小規模店舗を模した研究施設を設けています。
この日本の小売企業は、店舗での顧客行動を理解するためのトレーニング用シミュレーションの概念実証を行っています。
セブン&アイ・ホールディングスは、店舗での消費者行動をより深く理解するために、NVIDIA Omniverse と NVIDIA Metropolis を活用した研究活動を推進しています。Metropolis SDK を使用すると、姿勢推定モデルで顧客の行動を追跡できるため、同社は顧客が店舗に入って棚から商品を手に取る際の行動を理解できます。この環境のデジタル ツインは、Blender のアセットや SideFX Houdini のアニメーションとともに、Omniverse ベースのアプリケーションで開発されています。
これを価格認識、オブジェクト追跡、その他の AI ベースの計算と組み合わせることで、小売環境と顧客とのやり取りに関する有用な行動洞察を生成できます。このような情報により、顧客をターゲットにしたパーソナライズされた広告やディスプレイを動的に生成する機会が生まれます。


NVIDIA Omniverse™による顧客行動トラッキングシステム
- リアルタイム動線分析と行動予測
(参考: 「日本のロボットや自動車のメーカーが NVIDIA AI と
Omniverse により産業にフィジカルAI を導入
」記事内の画像より)

4-4. Turing:4万時間の走行データで挑む「Tokyo30」

「End-to-Endの自動運転」の実現を目指すTuring社は、東京都内の市街地を人間の介入無しで、30分間連続で自動運転を行う「Tokyo30」プロジェクトを推進しています。この挑戦の核となるのが、4万時間におよぶ膨大な走行データの収集と、それを学習させる大規模な計算基盤です。同社はNVIDIA H100を96基搭載した国内最大級のGPUクラスタ「Gaggle Cluster」を構築し、日本独自のデータセット「JADD」を学習させています。
クラスタ全体が「単一の計算機」となり、大規模な深層学習タスクに最適化されています。

Gaggle Clusterでは、GPUノード間を高速通信するためのインターコネクト技術や、ストレージ設計、ネットワーク、データセンターや機器に関する監視・運用におけるクラウド事業者としてのノウハウをフル活用した、NTTPCの「GPUプライベートクラウド™」が採用されています。詳しくは下記プレスリリースをご覧ください。

プレスリリース:
▶︎ チューリング、完全自動運転開発のための専用計算基盤「Gaggle Cluster」を公開NTTPCをはじめとしたNTTドコモのグループ企業が構築を支援~同計算基盤により自動運転モデル「TD-1」を開発、走行試験を開始~

この取り組みを通じて、学習データ量を増やすほど衝突率が低下するという「スケーリング則」の傾向を確認しながら、完全自動運転という目標に挑んでいます。


Turing社が構築するAIファクトリー
- 膨大な実世界データから自動運転の知能を生み出す開発プロセス
(参考:「目指すは「東京の市街地を30分以上自動運転で連続走行」!
チューリングが挑む全社プロジェクトを徹底解説

記事内の「MLOps: 完全自動運転の「工場」を作る」画像より)

5. フィジカルAIの社会実装に向けた課題

フィジカルAIは、50兆ドル規模とも言われる製造・物流分野に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。 しかし、その社会実装に向けては、安全性・責任・プライバシーといった課題の克服が前提となります。ここではその課題とその対応策について紹介していきます。

フィジカルAIが社会で広く活用されるための課題とその対応として、代表的なものは下記のような点です。

課題領域 具体的な問題 対応策
安全性の確保 誤作動や事故への備え 法制度の整備、保険スキームの導入
責任の所在 AI判断による事故発生時の責任が曖昧 法制度の整備、保険スキームの導入
プライバシー保護 センサーやカメラによる個人情報取得 透明性確保、匿名化・データ保護技術

また、法整備の観点では、2023年12月に、AIの安全な運用を支援する国際標準「ISO/IEC 42001」が制定され、2025年3月には経済産業省より「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」が公開されました。このように、徐々に社会としてAIを運用するための仕組みが整ってきています。フィジカルAIを開発する立場の方も、利用者側の立場でも、安全に配慮して開発・利用を進めることを念頭に置く必要があります。

6. まとめ

本記事では、AIとロボティクスを融合した「フィジカルAI」について、その概要、主要技術、国内企業の導入事例、そして社会実装に向けた課題まで解説しました。
デジタル処理のみに特化していた従来のAIから、物理世界で自律的に判断し、行動する知的システムへと進化するフィジカルAIは、製造業や物流業が直面する深刻な労働力不足に対する現実的な解決策となる可能性を持っています。
危険作業からの人間の解放、24時間稼働による生産性の向上、そして創造的な業務へのシフト──
フィジカルAIは、こうした変革を支える技術的支柱として、日本の産業競争力を高め、持続可能な社会の実現に向けた重要な鍵となるでしょう。

最新のフィジカルAI実現に必要なAIファクトリーの導入や、シミュレーション環境としてのNVIDIA Omniverse™の検証をご検討の際は、ぜひNTTPCにご相談ください。お客様のご要件に応じた最適なソリューションをご提案いたします。
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※「NVIDIA」「NVIDIA Cosmos」「NVIDIA DGX Systems」「NVIDIA Omniverse」「NVIDIA DRIVE AGX」「NVIDIA Jetson AGX Orin」「NVIDIA PhysX」「NVIDIA Isaac Manipulator」「NVIDIA Metropolis」は NVIDIA Corporationの登録商標または商標です。