技術解説
わかる!LLMの量子化
2025.03.14

GPUエンジニア
大野 泰弘

近年、巨大な言語モデル(LLM)をより少ないメモリで高速に動作させるための技術として「量子化」が注目されています。
量子化とは、モデルのパラメータ(重み)を、16ビット浮動小数点などの高精度な表現から、4ビットや2ビットといった低ビットの整数に変換する手法です。
これにより、モデルサイズが大幅に削減され、推論速度も向上するため、従来の高性能GPUやサーバーに頼らずともLLMが利用できるようになります。
本記事では、特にK‐Quantization(K-量子化)という革新的な量子化手法と、これをさらに強化するImportance Matrix(重要度行列)について、専門用語の解説とともに、直感的に理解できる例え話も交えて解説します。
1. K‐Quantization(K-量子化)とは?
1.1 概要
K‐Quantizationは、モデルの重み行列をまず一定サイズのブロックに分割し、そのブロックをさらに小さなサブブロックに細分化して、サブブロックごとに最適な変換パラメータ(スケール係数とゼロ点)を計算し、低ビットの整数に変換する手法です。
これにより、出力に大きな影響を与える重要な部分には細かい変換を、そうでない部分には粗い変換を適用することで、全体の精度をほぼ維持しながらモデルサイズを縮小できます。
1.2 MP3の可変ビットレートに例えると
この手法は、MP3の可変ビットレート(VBR)に例えると分かりやすいです。
- 固定ビットレート(CBR)では、楽曲全体に同じデータ量を割り当てるため、シンプルな部分に無駄が生じたり、複雑な部分の表現が不足したりします。
- 一方、可変ビットレート(VBR)は、曲の複雑さに応じて必要なビット数を調整するので、全体として高品質な音楽を効率的に保存できます。
同様に、K‐Quantizationは、サブブロックごとに必要な精度(=割り当てる「ビット情報」)を調整し、重要な部分はしっかり、そうでない部分は軽く処理するのです。
1.3 K‐Quantizationの計算プロセス
K‐Quantizationの処理は、以下の4ステップで進みます。
- 行列分割
モデルの重み行列(大量の数値が並ぶデータ)を、まず一定のサイズ(例:256要素)ごとにブロックに分割します。
これは、大きなデータを小さな塊に分けることで、それぞれの部分に対して個別の変換を行えるようにする準備作業です。
長い文章を段落に分割するようなイメージです。段落ごとに内容が異なるので、適切な表現や言い回しが必要になります。 - サブブロック化とパラメータ計算
各ブロックをさらに細かいサブブロックに分割し、各サブブロック内の重みについて、最適なスケール係数とゼロ点を計算します。
スケール係数は、サブブロック内の数値をどの程度拡大または縮小するかを決める倍率です。ゼロ点は、元の数値の「0」に対応する低ビット整数の値です。
これは、MP3で音の強弱に合わせてビット数を調整するプロセスに似ています。複雑な部分にはより多くのビット(高精度な変換)を、シンプルな部分には少ないビットで済ませるのです。 - 量子化
各サブブロックの重みを、計算したスケール係数とゼロ点を使用して、低ビットの整数に変換します。
これにより、重みが高精度な浮動小数点数から、よりコンパクトな整数表現に置き換えられ、モデル全体のデータサイズが削減されます。
まるで、音楽ファイルの中で複雑な部分と単純な部分で使用するビット数が変わるように、情報を最適な形で圧縮している状態です。 - 数値の復元処理(推論時の再構成)
推論時(実際に質問に応答する際)には、サブブロックごとに保存された変換パラメータを用いて、一括して数値の復元処理(低精度の整数を元の近似値に戻す)を行います。
この処理は、ハードウェア最適化技術(例えばSIMD:Single Instruction Multiple Data)と組み合わせることで、非常に高速に実行され、リアルタイムの応答を可能にします。
MP3プレイヤーが圧縮された音楽データを高速に復元して、滑らかな音声を再生するのと同じ考え方です。
2. Importance Matrix(重要度行列)とは?
2.1 役割と目的
量子化の際、すべての重みが同じ重要性を持つわけではありません。
出力に大きな影響を与える重みとそうでない重みが混在している中で、Importance Matrixは、各重みの「重要度」を評価し、特に大切な重みをできるだけ精密に保持するための補助情報として機能します。
これにより、低ビットでの量子化でも、モデルの性能低下を最小限に抑えられます。
2.2 キャリブレーションとは?
キャリブレーションとは、モデルの重みを低精度に変換する前に、「どの値がどれだけ重要か」を正しく把握するための基準合わせ作業です。
たとえば、体重計を使う前に「ゼロ点合わせ」を行うのと同じで、Wikipediaのテキスト等の代表的なデータ(キャリブレーションデータ)を使ってモデルの動作を測定し、最適な変換の目安を決めます。
これにより、重要な重みには丁寧な処理が施され、全体の性能が維持されます。
2.3 Importance Matrixの計算プロセス
- 代表データの投入
用意したキャリブレーションデータをモデルに入力し、各重みの活性化を測定します。
このとき、どの重みが「よく使われるか」「出力に大きく寄与するか」を評価します。 - 重要度スコアの算出
各重みに対して、データ全体を通しての寄与度や変動を集計し、「重要度スコア」を算出します。
これがImportance Matrixとなり、重みごとにどれだけ精度を落とさずに保持すべきかの指標となります。 - imatrixファイルの生成
得られた重要度スコアをファイルとして保存し、後の量子化処理で利用します。
3. K‐QuantizationとImportance Matrixの融合
3.1 単体のK‐Quantizationの限界
K‐Quantization単体でも、重みを細かく分割し個別に変換することで精度を保つ工夫がなされていますが、サブブロック内の各重みの重要度の違いまでは完全には反映できません。
3.2 Importance Matrixとの組み合わせ効果
Importance Matrixを組み合わせることで、各サブブロック内の中でも特に重要な重みを識別し、その部分に対してより精度の高い変換を適用できます。
これにより、重要な情報はしっかりと保持され、全体として元のモデルに近い性能を維持しながら、モデルサイズを大幅に縮小できます。
4. まとめ
- K‐Quantization
モデルの重み行列をブロックやサブブロックに分割し、各部分ごとに最適な変換パラメータを計算して低ビットの整数に変換する手法です。
MP3の可変ビットレートのように、楽曲の複雑さに合わせて必要な情報量を調整する考え方に似ており、重要な部分には多くの情報を、そうでない部分には少なく割り当てることで全体のサイズを削減しつつ高品質な出力を実現します。 - Importance Matrix
キャリブレーション(基準合わせ作業)を通じて、各重みの重要度を評価し、量子化時に特に大切な重みをより正確に保持するための補助情報です。 - K‐Quantization + Importance Matrix
両者を組み合わせることで、モデル全体のサイズを大幅に縮小しながらも、出力性能をほぼ損なわずに効率的な量子化を実現できます。
これらの技術により、従来の高性能ハードウェアに依存しない、小型で高速なLLMの実現が期待され、さまざまな環境での活用が進むでしょう。
LLMの業界は日進月歩で進化しており、今後も多様な用途に合わせたさらなる効率化技術が登場するはずです。
この記事が、LLM量子化の基本概念と計算プロセスを直感的かつ具体的に理解する一助となれば幸いです。