INTERVIEWインタビュー

【Vol.15】脳科学とAIがつながると何が起こる?脳科学研究者がビジネスの世界で社会課題へ挑む

内閣府が推し進める「ムーンショット型研究開発制度」をご存知だろうか。超高齢化社会や地球温暖化問題などの社会課題に対し、野心的な目標に対し国が後押しして研究開発を推進する制度だ。
脳構造の研究からスタートした株式会社アラヤの金井良太氏は、「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放」というプロジェクトにおいて、中心的な存在のひとりだ。「AI×脳神経科学の未来」について話を伺いました。

脳科学者から起業家へ。研究を事業化することへの大きな壁

飯野

アラヤは「脳・神経科学×AI」が事業の大きな柱ですね。この事業に取り組むきっかけについて教えてください。

金井

私は元々脳の研究者でした。脳から心や「意識」がどのように生まれるのか、脳のデータと機械学習を掛け合わせ、「認知症になりそうか」「どの薬だと効果が出るか」などを予測し、事業化したい。事業を通じて、研究そのものも進めたいという野心が大きかったんです。そこで2013年にアラヤを設立しました。

研究で、脳のMRIの画像をたくさん集めて機械学習をかけると、それまで見えなかったものが現れてくることが分かりました。しかし、研究者ではなく、企業として取り掛かろうとすると、AIの領域で事業化するには膨大なデータが必要です。データ量が少ない脳科学は、信頼性が著しく低くなりますから。
MRIの画像をたくさん集めるのは、費用がかかりすぎるためベンチャーでは現実的ではありませんでした。
この本質的な問題を乗り越えるために、患者さんがお金を払って画像を撮る日本の脳ドックに注目しました。

5~6年経営して会社の規模が大きくなり、体制が整ってきたので、ちょうど今から1年程前に起業当初からやりたかったニューロテックの事業化に取り組もうと決めました。

一番大きなプロジェクトは、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度(※1)」です。「ブレイン・マシン・インターフェース(※2)の事業化」を提案し採択されたので、「脳の技術を活かす」という研究者時代からの最初の志に戻ることになりました。

  • ※1内閣府「ムーンショット型研究開発制度」概要
  • ※2ブレイン・マシン・インターフェースとは、脳波などを読み取り、その命令でコンピューターを動かしたり、それとは逆に、コンピューターから脳に直接刺激を送ることで、人に視覚や味覚等を与える技術や機器の総称。

「脳情報」を目に見える形にするテクノロジー「ブレイン・マシン・インターフェース」とは

飯野

これまで研究の分野で追求してきたことを、実際に事業化するのは並大抵のことではないですよね。今後、AIやエッジコンピューティングと連携すると、具体的にどのようなことができるとお考えですか?

金井

メディカルな領域と、一般消費者向けのサービスの2つの方向性があると考えています。
「ブレイン・マシン・インターフェース」は、一言で言うなら、「頭で考えただけでモノを動かす世界」をイメージしてもらえると分かりやすいと思います。
実際に裏側ではどんなテクノロジーかというと、頭の中で何かを想像すると、特徴のある脳波が出るんですね。その脳波をもとに、ロボットを動かしたり、機器をコントロールする技術です。つまり、「念力を実現するテクノロジー」と言っても過言ではないかもしれません。

脳波の取り方は、「侵襲(しんしゅう)」と「非侵襲」という2つの方法があります。「侵襲」は医療の現場で、体が麻痺して動けない患者さんの頭蓋骨に穴を開けて、その中に電極を入れて情報を取り、日常生活を送れるようにしていく。
例えば麻痺して手を動かせない人が、頭の中で文字を書いてるところを思い浮かべるだけで、画面に文字を書けたりする。100%正確とまではいきませんが、相手に伝わるレベルでの技術が実現しています。

一方、「非侵襲」は、おでこにパッチ型の脳波センサーを貼るなどして脳波を計測します。頭に物理的に穴を開けなくとも、脳波で車椅子を動かしたり、VR空間のアバターをコントロールしたりすることができるということです。

医療の現場では、AI技術で安全性と精度の向上が急務

飯野

「ブレイン・マシン・インターフェース」は脳とAIをつなぐ重要なキーワードですね。
侵襲と非侵襲、事業化においても方向性は大きく異なりそうですが。

金井

そうですね。身体に障害を抱える人が日常生活においてできないことを、AIが人に変わって実現するという考え方を、我々は「AI支援型」と呼んでいます。
技術の上では、侵襲でも非侵襲でも脳波を読み取るということは変わりありませんが、侵襲は体を傷つけますから当然リスクがあります。
だから、できる限り、侵襲の度合いを下げたい。しかし侵襲度を下げると、信号のクオリティが下がるので、情報を読み取るのが難しくなります。
そこで、ディープラーニングで情報を読み取る技術を高めて、侵襲の度合いを下げながら精度高く情報を読み取りたい。人への安全性を担保した上で活用を進める、それぞれの技術がせめぎ合いをしています。

飯野

AIとコンピューターが自分の代わりに、思い通りに動く。この技術は今どこまできているのでしょう。

金井

例えば、外国人と話すときに、頭の中で普段通りの会話をイメージするだけで英語に転換してコンピューターがアウトプットしてくれる。これは技術的には、十分実現可能です。あとは、脳波を読み取ってジャンケンで相手が何を出すか、そんなこともすでに技術的に可能になっています。

「脳波」を活用することが「当たり前」になる未来。未病の領域で研究技術をどう活かすか

飯野

実際に日常生活で、人々が「脳波」を活用することが普通になる世界はいつ頃訪れるでしょう。

金井

実はブレイン・マシン・インターフェースを活用した医療やサービスは、すでに実用化されています。主に侵襲が用いられる医療の分野だけではなく、非侵襲のヘルスケアサービスも世に出はじめています。
ただ、普通の人が生活していて、「脳波を取りたい」と思うことってないですよね。ですから、この技術を広めるには、面白い仕掛けが必要だなと。

私たちは今、BtoB領域でAIと組み合わせた活用を検討しています。例えば、表情や視線の方向から、画像だけで心拍が測定できるのをご存知ですか?
撮影することさえできれば、簡単に生体データをとることができるということです。我々は、画像から脳波を予測し、そこから分析・提供できるソリューションの開発に向けて、事業化への挑戦を進めています。

飯野

今後、これらの研究や実用化を元に、アラヤが作りたい未来とは?

金井

私たちが今後やれたらいいなと思っているのが「鬱の予測」です。鬱やストレスは、心拍をベースにして予測できると考えています。精度をあげることができれば、鬱になる前に手を打てる可能性が高まります。

例えば、今や当たり前になったオンラインミーティング。ヘルスケアアプリで表情を撮影し、毎日の体調をモニタリングする。精神疾患は、自分で異変に気づくことが非常に難しいですから、早期のタイミングで、周りの人が何らかの異変に気付ける仕組みがあるほうがいいと思うんです。

脳波を測ることが「普通」になる未来を目指す。私たちが先陣を切って、新たなマーケットづくりをすることが大事だと思っています。

今の日本の技術でも、精度を高めることは十分可能です。
我々は「研究者」として、「誰もが安心して使える技術」にした上で、「事業家」として「この技術は役に立つと社会に示す」こと。両軸で進めることが重要だと考えています。

技術的にも理論的にも今はハードルが高いですが、未来を面白くするアラヤの目標としては、頭で考えたことを他の人に送る「テレパシー」を将来的に実現したいと考えています。

「今の経営で正しいこと」ではなく、「未来を見据えて圧倒的に面白い」挑戦がしたい

飯野

ミッションが「人類の未来を圧倒的に面白く!」、ビジョンが「すべてのものにAIを宿らせる」。とても印象的ですね。

金井

AIといえば面倒な仕事を減らすとか、ネガティブなものを失くして効率化するイメージが大きいですよね。我々は「AIを使ってもっと人々の暮らしにとってプラスのものを作りたい」という想いがあり、そこを「面白い」と表現しています。

世の中には、「正しいけれど面白くない」ことがたくさんあるとは思いませんか?しかし、必ずしも論理的に正しいことだけが正解だとは思えないんです。今とこれからを見据えて可能性を見出し「面白い」から挑戦する。「面白い」という感覚は、本質的に大事だと思っているんです。

会社は収益を上げる必要があるので偏り過ぎてもいけませんが、「面白さ」を目指すと、より本質的な価値が作れるはずだという確信があります。

飯野

脳科学とAIが合体すると、製造、建設、物流、プラント、ヘルスケアや農業などの各業種では何が起こるでしょう?

金井

我々は画像認識を利用して、人流解析や人の行動解析もやっています。そこに今後「脳」の視点を加えていく。すると、対象者が興味をもっているのか、どう感じているかといった主観的な情報を取れるようになるでしょう。
画像認識にAIの技術とニューロテックを組み合わせることで、多くの業界で技術活用が広がり、イノベーションを起こせると期待しています。

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