INTERVIEWインタビュー
【Vol.11】世の中の不平等をAIでなだらかに。
カブール陥落直前まで、市民の声を拾い続けた「D-Agree」とは
AIが議論の進行役や合意形成を行うサービス「D-Agree(ディーアグリー)」。数万人が集まるオンライン議論の中でも、小さな声を拾い上げることが可能だといいます。AIが自動的に議論のファシリテーションを行うため、大規模な意見集約が可能なシステムです。集まった意見は、AIにより、議論内容の抽出、構造化、分析が行われ、さらに議論を深めることができます。今年5月にリリースされたばかりのこのサービスは、すでに日本だけではなく、世界においても導入が進んでいます。アフガニスタン自治体にも導入され、カブール陥落直前まで市民の声を拾い続けていました。「D-Agree」を開発したAGREEBIT創業者であるCEOの桑原英人氏にお話を聞きました。
海外でも導入が進む「AIが議論をファシリテートする」システム
- 飯野
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AIで議論をファシリテートする「D-Agree」。AGREEBITさんでの開発の経緯を教えてくださいますか。
- 桑原
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AGREEBITは創業して3年目の新しい会社ですが、「議論の合意形成や意見集約をする」というプロジェクトは、10年以上も前から取り組んでいました。
最初は、名古屋市とのプロジェクトで、市議会でのディスカッションにおいて合意形成をするシステムの開発に取り組んだことがきっかけでした。世の中の多くのディスカッションは、ファシリテーターの力量次第で合意形成までのプロセスに差が生じます。これに対して課題を感じていました。そこで、ファシリテートの機能を標準化し、AIの技術で議論をより深めたり、広げたりすることで、世の中のディスカッションを円滑にするサービスができるのではないかと考えたことが始まりです。
このシステムに、我々が得意とする自然言語処理の技術を掛け合わせて、今の「D-Agree」の原型となるサービスにたどり着きました。
- 飯野
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実際、まだローンチして数ヶ月ですが、どんなところに導入されていますか?
- 桑原
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自治体や教育現場、国際会議などで利用されています。
公の機関で導入が進んだ理由は2つあって、コロナで集まれないからオンラインで意見集約をしたい、というのが1つ。そして、2つ目に、それまで実際に行われていたタウンミーティングは、偏った意見に囚われてしまい議論がなかなか進まないという課題にフィットしたという点です。
オンラインで開催できれば、参加する側も場所の制約や移動にかかる労力がかからないため、より多くの人が参加できます。そして、会場の空気や、発言力の強い方に引っ張られることなく、フラットな気持ちで参加できることと、AIが進行役となり、中立的な立場でさらに議論を深めてくれるというメリットもあります。実際に人間がファシリテーションするよりも2倍程度多く意見を集めることができています。
また、少数派の意見であっても、AIが良いアイデアを拾い上げることが可能です。
画期的なアイデアは、必ずしも大人数から生まれるものだけではないですよね。現在は最大で1万人が利用できますが、今後は10万人、100万人でも同時に利用できるようにアップデートする予定です。
アフガニスタンの省庁でも活発に議論が行われていた「D-Agree」の仕組みとは
- 飯野
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意外な場所でも使われていたと伺いました。
- 桑原
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「D-Agree」は、アフガニスタンの12の省庁で導入されていました。カブールが陥落する直前まで、実際に市民の声を集め続けていたんです。
当時意見を収集していたテーマは「アメリカ軍の撤退についてどう考えるか?」というものでした。(図1)
- 桑原
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「命の危険が伴うため、それまでの実名公開を匿名に切り替えて意見を収集していました。市民の意見の多くは、「米軍撤退に反対」という意見が多かったですね。(すでに公開は停止されています)
現在は、アフガニスタンの国外にいるアフガニスタン人の声を集め、国内にいる市民に対する支援策を打ち出せないか、取り組んでいるところです。
- 飯野
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どのような仕組みで意見を集めているのですか?
- 桑原
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web上で、テーマを設定し、意見を募集します。(図2)
- 桑原
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意見が集まってくると、AIがファシリテートをして議論を深めていきます。多くの意見を構造化するため、発言の中身を
①課題、②アイデア、③長所、④短所、の4つに分類しています。AIは、過去の意見や異なる意見も紐づけて、関連性を見いだし、構造化しながら、さらに質問を重ねて深掘りしてくれます。
また、長い意見になると、ひとつの文章の中に、課題や意見やアイデアなど異なるものが混ざりがちですよね。AIはそれを整理・分類するので、人間では見抜けない意見のつながり、合意のまとまりを見抜くことができます。
全ての言語を処理しようとすると、サービス化までに相当の時間がかかるので、私たちはまずは4つに絞って、分類・構造化しました。
データが集まることで、AIは日々進化しています。現在ではAIが数億のファシリテーションセンテンスを生成できるようになり、人間とほぼ同じレベルの品質に達しています。
中立で公平に意見を吸い上げるAIが、世界に必要とされている
- 飯野
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10年前から研究を進めて、リリースしなかったのはなぜでしょうか?
- 桑原
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2019年3月に起業して、すぐにこのサービスを社会で広めていこうと考えていたのですが、いろいろな機関に提案しても「誰が、どうやって使うの?リアルで集まるほうが早いんじゃない?」という意見が多く、リリースまで至らなかったという経緯があります。
しかし、コロナ禍で大きく変わりました。リアルの場で集まることができなくなり、導入が進んだわけです。実際、今年5月末のリリースまではβ版で運用していました。
正式版を仕上げて、現在では延べ40プロジェクト導入されました。日本の他に、インドネシアや、アフガニスタンでは12の省庁で導入され、1万人以上の登録がありました。
- 飯野
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ミッションは「AI・マルチエージェント技術」で世界のあらゆる課題解決を実現する。マルチエージェント機能とはどんなものでしょうか?
- 桑原
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世の中のAIは種類も多く、開発者もそれぞれ異なります。
例えば、車に搭載されているAIはそれぞれ開発者が異なるので、一般道路での自動運転は、AIがそれぞれ協調して、連携し合わないと成立しないんです。自律的に行動するAIが、他のAIと相互に作用し、成立させるための技術をマルチエージェント技術といいます。
私たちは、このマルチエージェント技術で複数のAIを取り入れて、より多くの人々の意見を吸い上げていきたい。
社会では、立場や経験、知識の違いから、自ら意見を言えない人たちがいます。そして、自分の考えを整理することが難しい人もいます。ひとりにひとつのAIが寄り添い、経験や知識を共有し、考えから整理してあげることで発言につなげていく。それを支えるのがマルチエージェント技術です。
これが実現すれば、より多くの立場の人たちの意見を吸い上げ、社会課題解決につながるのではないかと考えています。
AIと共に声を拾い上げ、公平に対話ができる世界を目指したい
- 飯野
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ビジョンは「あらゆる人の意見が社会に生かされる世界をつくる」。ぜひ未来に向けた想いを聞かせてください。
- 桑原
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この事業を手がける前から、世の中は民主主義でありながらもすべての人の意見を取り入れて決めているのではなく、特定の選ばれた人が決めている社会だと感じていました。本当は尊重しなければならない声が社会に届いていない。
すでに、ITの力で「距離」を超えることができるようになりました。でも「言語」の壁はまだ超えられていないですね。
世界中の人々が母国語で語り合えるようになったら、もっといろんな議論ができるようになるでしょう。その議論をAIが中立で公平にファシリテートできたら、世の中の対話はもっと進むのではないでしょうか。
あらゆる人々が生きていく中で、国力の差も、立場も関係なく、ひとりひとりが持っている意見を平等に吸い上げる。それにより世の中が昨日よりも明るくなる、そこに貢献できる事業を目指していきたいと考えています。